群馬大学教育学部附属小学校

私が通っていた小学校は、群馬大学教育学部附属小学校です。
市内全域から通える特殊な小学校だったので、小学校まではバスで通っていました。
在学中に三回引っ越していますが、いずれの時もバスを使っていました。
目印になる建物はありませんでしたが、強いて言うなら、小学校の真ん前にバス停がありました。バス停名は「附属小前」。私も、三回目の引っ越しのあと、ここの停留所を通るバスを利用し始めたため、毎日ここのバス停で降りていました。
得意科目は、社会と音楽。苦手科目は算数でした。社会系は歴史の授業が得意でした。その影響か、今私は大学院で日本史系統の研究をしています。音楽は、5歳からバイオリンをやっていたので、当然得意でした。苦手の算数は、計算問題はからっきしでしたが、図形問題はなぜか得意でした。でも、やはりテストをすると、算数がいつも他の教科より点数が悪かったです。
同級生にはいろいろな人がいました。学年中の女子からモテモテの男子。かなりの問題児。いじめっ子。挙げていけばきりがありません。かくいう私は、かなりのいじめられっ子でした。学年中の女子からモテモテの男子には、私も当然のように恋をして、小学校を卒業するまで好きでした。

 

まあ、相手にはバレバレでしたが。その男子もやはり、卒業するまでモテ続けていました。かなりの問題児の子には、先生方も相当手を焼いていました。幸い、同じクラスになったことはありませんでしたが、傍から見ても大変そうでした。詳細は後で書きますが、いじめっ子達には、私はかなりいじめられました。

 

私は、担任の先生にはかなり恵まれました。小学校1年から4年までいじめられていましたが、(それぞれいじめっ子は違いました)各担任の先生は私の相談に乗ってくれて、相手に何度も注意してくれました。小3から小4の時のいじめが一番ひどかったのですが、小3から小4に挙がるとき、担任の先生が持ち上がりました。理由は、小学生の私でもわかりました。私の小学校は二年ごとのクラス替えだったので、この時クラスのメンバーは変わりませんでした。つまり、私はいじめっ子と2年間同じクラスで過ごさなければなりませんでした。だから、担任の先生が持ち上がったのです。本当に感謝してもしきれませんでした。ちなみに、小5から小6にあがる時も担任が持ち上がっています。この時の理由は分かりません。
小学校で一番楽しかったのは、小5と小6の時です。初めていじめというものから解放され、本当にすべてのことが楽しかったです。

嫌だったことは、当然いじめです。小1の時点で、私はジャングルジムの上になわとびで縛り付けられてました。

悪口は日常茶飯事。物はなくなる。それほどまでのいじめられっ子でした。
小学校で様々な体験をした私ですが、中学は系列の群馬大学附属中学校にエスカレーター進学しました。
親の転勤などで県外に出る子以外は、みんなここに進学しました。
以上が、私の小学校時代です。